□カメガ—のおじぃ

□カメがーのおじい

白保のライフセーバー カメガーおじぃのお話です。

夏になるとみんな海に行って泳いでいたけど、遅い時間まで泳いでいたら叱られました。叱るのは、カメガ—のおじぃ。
不思議な人で、いっつも海にいましたね。怖かった~。カメガ—のおじぃを見つけると、「カメガ—のおじぃだ!逃げろ~」ってね。でも、このカメガ—のおじぃがいなかったら、白保ではもっと海難事故があったと思います。今でいう、ライフセーバーですね。

海で泳いでいたらすごく怒られました。海は怖いものだと教わっていたから。でも隠れてみんな泳いでいましたよ。でも、バレたらもう大変。だから、熱くなった防波堤でゴロゴロと転がったりして服を乾かしました。そう、泳ぐときは裸じゃなくて、服を着ていました。男の子は、バショウの木を切って、葉をむしって丸太みたいにして、浮き輪代わりにしました。またがったりしてね。

カメガ—のおじぃは今でいうホームレス。でも、沖縄本島の役人だったのか、その当時では珍しい、読み書きができる人。だから、集落の人にはとっても気に入られてましたよ。悪いことをしたら、叱ってくれるからね。子供たちの親からすれば「あの人はいい人よ~」ってね。子どもたちからすれば恐怖だけれどね(笑)

服装はHBジャケットっていう軍服みたいなのをいつも着ていました。ズボンはいつもヨレヨレ。靴は長靴の上のほうを切って短くしてたもの。夏も冬もおんなじでしたね。遠くからでもわかったね。

常にお酒のにおいもしていたね。あの頃は なんでかね~って思っていたけれど、今思うと、いろんなことができた人だから、各家にいっていろんなことを請け負っては、お酒をふるまわれていたり、食事をもらっていたのかな。

あの頃は海に行けば誰かがいて、遊んでいたけど、カメガ—のおじぃがいなかったら本当に大変だったと思います。白保の集落にとっては、本当に大切な人だったね。

おまけのお話です・カメガ—のおじぃは、昭和20年代後半から昭和30年代にかけて白保の御巖などに寝泊りして暮らしていたそうです。素性も本名もはっきりわかる人は、当時も今もいません。カメガ—は苗字のようですが、亀川さんだという人もいれば川上さんだという人もいます。字が達筆で頭もよく、役所への用事を頼むなどして、白保の多くの人が頼っていたそうです。

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