□第三話 昭和40年代(崎枝)

□第三話(崎枝)

第三話
現役海人Nさん小学生時代の漁と暮らしのお話です。
昭和40年代(崎枝)海人一家

親も海人(漁師)だったので、小さい頃からよく手伝いに行っていました。兄弟は男6人・女6人とたくさんいたけど、よく手伝いに行っていたのは三男の自分を中心に、四男、五男の三人でしたね。

昔はサンゴもたくさんあった。150cmくらいの枝サンゴが広がっていて、テーブルサンゴも大きいのがたくさんあったね。ピンク、黄色、青、緑など色とりどりで、きれいだったさ。

夜の海は船で沖まで出て、ライトとモリを持って魚を捕りに行っていたよ。お父さんはふんどし一枚、男兄弟たちは裸に水中メガネだけで泳いだよ。足ヒレも無かったね。服を着ていると泳ぎにくい、裸で泳ぐのは気持ち良かったさ。

新月の夜に漁に出ていたから、辺りは真っ暗。船にはカーバイトという灯りを乗せて漁をしていたよ。水を入れるとガスが出て、マッチで火を付けるんだけど、火をつけるのは子どもの役目。この頃にはマッチが使えていたね。

昔は物が無い時代だったから、漁で使う道具も手作りが多かったよ。漁に使う網は木綿でできていて、腐りにくくる為に染め粉で赤や青に染めていたね。

プラスチツクや鉛は貴重だったからね、網につける浮きは木を削って作ったり、重りはタカラガイを付けて使っていたんだよ。それに手伝いだけじゃつまらないから、竹に拾ってきた鉄を取り付けて自分でモリを作って、漁の合間にタコを捕ったりして遊んでいたんだよ。

父親は昔軍人で、色々な場所で生活をしていたから何でもよく知っていた。この頃の海人は普通はサバニで漁に行くけど、父親は使い勝手の良い「伝馬舟」をヤマト(内地)から仕入れてきて使っていたんだよ。この船は他では見たことなかったね。サンゴきれいだったさぁ~。

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